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ナイチンゲールが伝えるプロフェッショナルのすさまじさ

看護の仕事は、快活な、幸福な、希望に満ちた精神の仕事です。
犠牲を払っているなどと決して考えない、熱心な、明るい活発な女性こそ、本当の看護師と言えるのです。
看護は犠牲行為であってはなりません。
人生の喜びのひとつであるべきです。
ーナイチンゲールー

この言葉は当時の学生と、卒業生たちに向かって投げかけたナイチンゲールからのメッセージです。

このナイチンゲールの言葉には本当に考えさせられます。

このメッセージでは、「犠牲を払っているという気持ちでは、ビジョンを持ったプロフェッショナルではないということ」が明確に伝えられています。

そして快活、幸福、希望、熱心、明るい、活発などというポジティブな言葉が並んでいますが、ナイチンゲールの現場とは、内臓が飛び散り、手足がもがれ、叫び声が絶えない戦場の病棟であることを前提にこの言葉が書かれていることをおもうと、これらを達成するのが、いかに凄まじいことか想像できます(ただしこのメッセージでは、女性と限定しているところに時代的な背景が強く感じられます。その部分は私は同意していません)

どんなに目の前の状況が困難だったとしても、そこに何を見出すのか。

そこにこそ人間の真の喜びがある。

これはすべての人に当てはまることだと思います。

もし犠牲者意識があるなら、どんな仕事も続けてはいけないと、私は講座やセッションでよく話しています。

それは周り巡って、他者や自分を傷つける刃となるからです。

そしてまた

プロフェッショナルであるということは、

外から見た時にはとてつもない犠牲的な行為に見えたとしても

そこに本質的な価値と喜びを、その本人が独自のルートで見出している

ということだと私は考えています。

そういう意味では、外的な価値を求める人は、どこまでいっても二流にしかなれない。

誰かの価値を取り入れ、その価値のなかで行為しているから。

この文脈でいえば、ナイチンゲールのこのメッセージの看護という行為の中に、

外側から見た際に犠牲的に見える行為であっても、彼女自身の魂との結びつきを生み出しているために、独自のエネルギーが凝縮されている

様子が伝わってきます。

これを私は「個性化の仕事」と呼んでいます。

 

個性化の仕事とは、外的な価値によらず、自分自身の魂のビジョンと傾向性を見出し、その領域から現実の仕事との結びつきを見出している状態のことです。

コロナによるシフトで、仕事に関する捉え方が大きく変わりました。

私は2017年頃から、外的な価値を達成しようとする仕事は一切なくなり、すべての仕事が個性化の仕事へと変わると伝え続けていますが、このナイチンゲールのメッセージは、とても見事にその点をとらえていると感じています。

もしあなたが犠牲者意識のなかから、いまの仕事を行っているとしたら、それはこの先続くことはないでしょう。

そして個性化の仕事とは、業種ではありません。

一見どんなにオリジナリティに満ちているように見えても、そこに犠牲者意識があるなら、

「ビジョンと喜びに至る独自のルートを見出していない」

ということです。

逆をいえば、外から見た時に、ぱっとしない一般的な仕事や犠牲的に見える内容であっても、

「ビジョンと喜びに至る独自のルートを見出している」ならば、そこに個性化の仕事があるのです。

マスターという言葉が私は好きですが、それは自分自身のマスターであるということ。

外的な何かを極めた人のことではありません。

 

私はいつも考えています。

世界中の誰もがこの個性化の仕事を行うことが前提だとしたら、どんな世界になるだろう。

自分の本質的な生きがいと現実の仕事を見出すことが当たり前で

すべての言葉は、この個性化をどうやって互いに起こすのかということを前提にしている。

大人は誰もが、自分の行っていることに、自分の誇りと喜びを見出し、それを子供たちに伝える。

仕事を行うこと、見出すことは、とても大変なことだけど、本当に大きな喜びだとたとえようもない笑顔で答える。

そこには犠牲者はひとりもいない。

なれる最高の自分を表すことだけがやることであり、誰もがそれに熱中しているー。

そんな時代が必ずやってくると私は信じています。

 

 

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