7歳の娘Mの目覚めと模様替え【ブッダスクール通信vol.103】
みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当のさめじまみおです。
やっと!やっと!秋らしい気持ちの良い気候になってきましたね。
気持ちの良い気候。このワードをどれだけ書きたかったことでしょう!
さて、前回の私的なネタとして、「床の上のモノを片づけたら色々はかどった」というようなことを書かせていただきましたが、今回もその続きでいきたいと思います。
床の上がだいたい片づき、通る道に障害物がなくなったあと。
わたしの目線はふと、上へと向かうことになりました。
目線を上へ向けたとき、そこにあったもの。それは……
クローゼットの上段の、いわば押し入れ的なエリアでした。
そこには、この家に越してきて以来15年間でたまりにたまった、絶対に、一生、使いきれないであろうほどの、ふとん・毛布・リネン類が、ミルフィーユのように折り重なってうず高く積み上げられている、おそろしい光景だったのです……。
の、続きは編集後記にて。
それでは本日も、つうりさん特別コラムをどうぞお楽しみください!
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〔1〕齊藤つうり特別コラム
「7歳の娘Mの目覚めと模様替え」
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娘のMはいま7歳だ。
私は子育てに関わる上で、7歳の時期をとても注意深く観察している。
シュタイナーによるとこの年齢で子供の内側にある魂の意識が発露するとされている。
またシュタイナー以前にも、古代ギリシャのヒポクラテス、中国の『黄帝内経』などにもこの7年周期は見られ、古今東西の普遍的な人間の変容を示している。
この7歳の頃、子供は歯の生え変わりを迎える。
この歯の生え変わりは、子供に内包されていた魂の意識が活性化したサインとされる。
この時期の子供は
・肉体としては子供なのだけど、内側から大人として世界を見ている感覚
・初めて体験することなのだが、ずっと以前から知っていたような感覚
を体験している。
プラトンはこれを「子供という条件を背負った魂」と言った。
この時期の子供の変容を現代では見落としやすい。
特に自分自身が、魂の意識を獲得していない大人は、この魂の発露を「成長」の延長線上で捉えてしまう。
子供を生物学的な存在として捉える視野しか持ち合わせていないからだ。
だからこそ、この時期の子供に接するとき
・子供としての条件を超えた意識の発露
・いままで見せなかった興味や関心の背景にあるもの
・役に立つ、立たないという大人の都合では測ることのできない衝動
といったことに注意を払う必要がある。
近くにいる養育者や教育者が、この視点を持つとき、子供はその大人のことを見抜く。
この人は、子供としての私を見ているのではなく、永遠なるものを私に見出している、と気づく。
内側から現れようとするものと、外から手を差し伸べるもの。
この二つが結ばれるのは、まさに7歳の時期といえる。
そこから、21歳までの変容の時期を経て、魂の意識はさらに定着し、その本質的な価値を発揮していく。
さて。娘のMの話に戻ろう。
以前にこのメルマガでも書いたのだけど、Mは最近、女子という条件や、学校のシステムなどにやや圧倒されていた。小学校に上がる時期というのは、ほんとうに手強い難関なのだ。
彼女は、学校での人間関係や、次々現れる新しいルールに疲れ、元々持っていた明るい気質が曇るような毎日を過ごしているように見えた。
そんな状況のなか、Mの魂の発露がいつ、どのようなものなのかを私たち夫婦は観察していた。
すこし見当違いかもしれないけど、それは森のなかに未熟な鳥の雛を置き、何かあったらすぐに手を差し伸べる前提で、その雛を森の風や日差し、あるいはやや危険な動物たちの息遣いにさらされるようにする、という行為に近い感覚だった。
そして外の出来事の刺激によって、未熟な雛の内側で何かが目覚めることで、まったく新しい力に雛自身が気づく。
なぜなら、魂の意識の発露を大人がコントロールすることは完全に間違った行為だからだ。あくまでも自発的に起こった発露に、大人が気づくという順番である必要がある。
そしてある日、Mの目覚めは唐突にやってきた。
そのきっかけは家の模様替えだった。
3番目の子供が生まれるのに備えて、私たちは夫婦で話し、これまで皆で川の字で寝ていた状況を変えて、上の子供たちは二人で別室に寝かせ、これまでの書斎を夫婦と新しい子の寝室にしようという計画が持ち上がったのだ。
ただ、妻は身重であり、ベッドを解体して別室に移す作業が、とても骨の折れるものになることは容易に想像がついた。
おまけに私は寺と自宅を行ったり来たりで、いつもいるわけではなく、その時間をなかなか確保できない。そのため、私たちは何度かその計画を話しながらも、なかなか着手することができないままにいた。
あるいは元々ベッド二つに家族四人で寝ていたのだから、横にもう少し小さなベッドを追加した方が事は楽に運ぶのではないか、という考え方も、その計画を一層遠のかせたのだ。
しかしここで突然、Mが出てきた。
Mは自分だけの場所がほしい!そして自分だけの場所を好きなもので飾りたい!それができたらどんなに嬉しいかわからない!
と私たち夫婦の話し合いに割って入って、彼女は叫んだのだ。
長男ははっきりとした主張が言えるタイプなのだけど、Mはここのところ特に、あまり自分の主張を出すことがなかった。
状況そのものに馴染んでしまいやすいためだ。
だからこそ、今回のように強い主張で物事を変えたいと望むのはとても珍しいことだった。
その彼女の叫びに、微細な感覚を合わせてみる。
彼女の魂の炎がその奥に見えた。
そしてこれまでの子供としての表皮を内側から破り、オレンジ色に輝く美しい光と共に、女性としてのMがあらわれようとしている様子がそこにはあった。
その彼女の主張のエネルギーは、たとえ世界がどのような状況にあっても、自分が求める価値と美しさを追求していくパワーと喜びそのものだった。
そして私たち夫婦はそこに、彼女の魂の発露を見出した。
何に結びつくのかはわからない。
けれど彼女自身のパワーと喜びはたしかにそこにあるのだ。
そして私は自分の姉に、妻は自分のいとこに声をかけ、丸一日を家の模様替えに充てた。
皆で1日をかけて、ベッドを解体し、家具を移動し、子供たちの場所が現れた。
息子はまだみんなで過ごしたいとぐずっていたが、Mの輝く様子はほんとうにまぶしかった。
Mは小さな肩をはずませながら、これまでリビングにあった自分のものをいそいそと集め、また小走りに別の作業へと移った。そして自分の物となった本棚に、最近読み始めた『りぼん』やシール帳を入れ、壁にアクセサリーを飾り、お気に入りのぬいぐるみを自分のベッドに寝かせた。
そしていままでにない満足の表情を浮かべた。
それからというもの、Mは学校から帰ると、一目散に自分のスペースにこもり、『りぼん』を眺め(まだ読めない漢字がある)、アクセサリーをなんども飾り直し、ぬいぐるみの配置を変える。
私たちはそんな彼女の背中から、燃えるように立ち上るオーラの美しさを眺めては楽しんでいる。
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〔2〕最新スクール情報
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【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》
2026年10⽉31日(土) 開講
この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。
アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。
そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。
【募集中】Total Integration Course 弥勒力セクション《オンライン》
2026年11月28日開講
弥勒力セクションは、自分自身の内側にある「魂のビジョン」を見出し、それを現実の仕事へとつなげていくための4ヶ月のプログラムです。
エニアグラムや発達心理学、インテグラル理論などの体系に加え、講師によるアカシックリーディングの個人セッションやグループワークを通して、自分自身の特性や方向性を多角的に見つめていきます。そのプロセスの中で、「こちらへ向かうことこそが、自分自身になっていく道なのだ」という確信を育み、本質的な生きがいである「個性化の仕事」を見出していきます。
これまでのように外側の社会や価値観に自分を合わせて仕事を選ぶのではなく、自分の内側にある可能性や違和感、魂のビジョンから、新しい仕事と生き方を生み出していくこと。それが、このセクションで目指す「個性化の仕事」です。
「自分は何のために生き、何をこの世界に生み出していくのか」。その問いに、自分自身の内側から答えを見出していくことは、人生の中でもそう何度も得られるものではありません。
これから先の人生を、自分自身として生きていくための大切な軸を見出す、かけがえのない4ヶ月となることでしょう。
【募集中】アカシックエキスパートコース《オンライン》
2026年12月5日(土)開講
本コースは、アカシックレコードリーディング・ガイドのスキルを向上し、あらゆる領域で活用するためのコースです。またアカシックレコードの全体像を理論的に理解し、より詳細な情報を扱っていきます。
アカシックをスピリチュアルと呼ばれる領域だけではなく、科学・量子力学・ユング心理学といった観点を取り入れながら深めていくために、コース生は多角的かつ、実用的な領域でアカシックを活用することを可能とします。
そしてまた個性化の傾向性を、身体症状や自分自身が住う環境、アカシックグリドといった観点から深めていくという独自の方法を行い、「なれる最高の自分」を本質的に生きるためのクラスといえるでしょう。
非常に幅広いワークを取り扱い、受講者のアカシックの可能性を大幅にひろげてゆきます。
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〔3〕編集後記
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私は目を疑いました。こ、これは何だろう?と。
敷布団の上に掛け布団、掛け布団の上に毛布、毛布の上にタオルケット、その上にシーツ、その上にひんやりシーツ、さらにその上にあったかシーツ。
合間合間にはぎゅうぎゅうとぬいぐるみと座布団が押し込まれているのです。
こんな私に、誰がした? と、その押し入れに住まう主に問われている気がしました。
誰がしたって? それは私だ……。
なんとなく使って、なんとなく買って、なんとなくもらって、なんとなく使わず、でもなんとなく捨てず。
15年分の「なんとなく」がそこには澱のようにたまっている。
そして私は実に15年もの間、その景色をごく当たり前のものとして受け入れていたのです。
こ、こうしちゃいられない!と、そう感じてからの行動はまあまあ早かったと思います。
空間を測定し、ふとんラックを購入。
そして何より大切だったのは、仕分けでした。
全部を引っ張り出して、下ろして、広げて、確認する。
とてつもなく面倒だと思われたその作業は(だからこその15年放置です)、やってみればなんのことはない、ものの10分程度で終わってしまいました。
分類し、要不要を判断し、そしていらないものを45ℓのゴミ袋に詰め、いるものをラックに置き直す。文章にしてもなんと2行です。
それでも感じたのは「なんとなく」の曖昧模糊とした重さでした(良い感覚でのなんとなく、もあると思いますが今回は逆の意です)。
自分がクリアにはっきりと選んだものに、なんとなく、という副詞はつかないですよね。もちろん、日々のすべてを明確な意志で選択する必要はないでしょう。
けれど、ひとつひとつは取るに足らない「なんとなく」も、15年分ともなると、なかなかの存在感を放つものです。
そして、これは押し入れの中だけの話ではないのだろうな、と思いました。
なんとなく引き受けている役割。
なんとなく続けている習慣。
なんとなく守っている約束。
なんとなく信じている、自分についての思い込み。
それらは、いつ、誰が、何のためにそこに置いたものなのでしょう。
かつては必要だったのかもしれません。
自分で選んだものだって、たくさんあるでしょう。
でも、それを今も持ち続ける必要があるかどうかは、また別の話です。
私たちは、新しく何かを手に入れることで人生を変えようとしがちです。
けれども、新しく何かを足さなくても、置きっぱなしのものをどけるだけで、景色が変わることがあるのかもしれない。
そして、家の中にある「なんとなく」をひとつずつ片づけていくことは、自分の中にある「なんとなく」に気づくことでもあるのかもしれないな、なんて思いつつ。まだしばらくは、おうちの整理整頓が続きそうです。
そんなお片づけの秋なのでした。
文責:さめじまみお

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