ガラクタを集めて宇宙へ発信する【ブッダスクール通信vol.86】
みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当さめじまです。
この冬は、地域によってまったく違う厳しさの中にあるように感じています。
どうか、それぞれの場所で無理のない日々を過ごされていますように…!
さて、わたし自身とてもとても長いこと、ネット上で言葉を発信しています。
たしか大学生とか社会人なりたてくらいの時がインターネット黎明期で、そこからなんだかんだともう何十年も、世界というほど大げさではないにせよ、外へ向けて書き続けてきました。
その、書く、ということについて「あ、これはわたしにとって大きかったなあ」と思う変化が、去年から今年にかけてひとつありました。
それは、とても地味で、誰に話すほどのことでもなくて、もしかしたら見過ごしてしまいそうなこと。
それでも個人的には、なんだかコペルニクス的転回とも言えるものでした。
そのお話は、また編集後記で少しだけ。
さて、本日もお待ちかね!の、つうりさん特別コラムへと、さっそく進んでまいりましょう!
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〔1〕齊藤つうり特別コラム
「ガラクタを集めて宇宙へ発信する」
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村上春樹の『職業としての小説家』(新潮文庫)を読んだ。
そのなかで小説の内容として作家自身の体験をどのように活用するか、ということについて村上春樹は「ガラクタのような体験を組み合わせて、物語を組み立てるやり方」について書いていた。
80年代に公開されたスピルバーグの『E.T.』のなかで、E.T.が母船と交信をするために、倉庫のガラクタから通信機を作ってしまうというシーンがある。それになぞらえて、「他から見ればまったく大したことがない体験― 内面的なガラクタ―から、作品を構築することができるはずである」と村上春樹は言う。
彼自身、それ以前の作家が体験したような、戦争、壮絶な家庭環境、極度の人間関係といったものを体験していない。そんな自分が小説を書く際に何を題材にすれば良いのかがわからなかったという。
けれど、あるいはだからこそ、彼は自分自身が人生のなかで体験した、外から見れば全く大したことがないことを集め、組み立て、小説を書いた。というか、それしかできなかった。
初めはそのような個人的な体験は誰にでも響くものではなかった。しかし徐々にその価値は認められ、やがてその手法は村上春樹自身のスタイルとなった。また壮絶な体験から物語を紡ぐタイプの作家はそのことを書き終えてしまうと、次に何を書くべきかが見えなくなり、やがて筆を置いてしまうということも目の当たりにした。
それと対照的に、村上春樹はガラクタから組み立てていくという手法のために、長い期間にわたって物語を紡ぐことを可能とした。そんな内容が書かれていた。
私はこの「ガラクタを集め、組み立て、それを題材に発信する」というやり方に共感する。なぜなら私も同じようなプロセスをたどってきたから。
私の霊的な旅は16で父が亡くなったことからはじまった。
しかしながら、そこで体験したことは非常に個人的・内面的な出来事だった。外部から評価を受け、共感を得るようなことは何もない。誰かが当時の私を見たら、社会にうまく馴染むことができず、右往左往して道に迷っている若者だと映るはずだ。
けれど私自身が体験した価値は自分にしかわからなかった。
外から見れば何の価値も見出せないようなガラクタのような体験であっても、私にとってはどんな宝石とも比べることができない、ほんとうの宝がそこにはあった。
私がアカシックレコードを主軸にした活動を始めたのは30歳のときだった。外から見れば、まだまだ世間知らずで、人生の紆余曲折も知らない小僧だろう。
しかし私が一貫して行なっていたのは「外から見ればガラクタのように見える体験に光を当て、その価値を自ら見出し続ける」というやり方だった。
個人的な体験に直面し、そこで何が起こったのか、何を見出したのかを、あらゆる角度から見て、しつこく深めていく。
そうすることで、個人的な体験から普遍性へとつなげていく。
そのやり方はいまも変わっていない。
だからこそ私は言いたい。
何かをはじめたいと思う人。
これから何かを発信しようとする人。
いま確かなものがなくて、うまく表現ができない人。
なぜか広がらないという人。
自らのガラクタに目を向けよう。
誰かが見て、そこに価値がないと思うことであっても、そこにこそあなた自身の宝があるはずだ。
どんなに些細なことでもいい。
誰にも価値がわからなくてもいい。
感じたこと。好きな人。嫌いなこと。苦しかったこと。なぜか気になること。
中途半端で止まった趣味のこと。一流を目指したけどダメだったこと。
そんな「周りから見たらどうでもいいこと」にこそ、あなた自身の本質が隠されている。
けれど普通はそんなふうには思わない。
自分の中にあるより良いものを見出して、皆に評価されるものだけを自分だと思い込もうとする。
でもそんなふうに自分を扱っていくと、どこかで必ず苦しくなってくる。
無理をしている感覚がやってきて、息切れがする。疲れてくる。
その立ち止まっている原因は自分を偽っていることにあるのかもしれない。
だからあなたがこれから何かをはじめ、自分を表現していこうとするなら、私はこう言いたい。
自分の中の立派なものを見出してから何かを始めようなんて思ってはいけない。
仮にそれがうまくいったとしても、必ずその先に行き詰まる。
自分の中のガラクタを否定することは、自分を否定することとまったく同じだ。
自分から目を逸らしてはいけない。
外に価値を見出すことをやめなくてはいけない。
あなたのなかにあるガラクタを集め、宇宙へ発信しよう。
中途半端な知識でもかまわない。
やり遂げられなかった体験だって上等。
爪で顔をバリバリかきむしりたくなるような失敗なんて最高だ。
大切なことは偽らないことだ。
あなた自身の熱がそこにあることだ。
何者にもなろうとしないことだ。
見せかけの美しさよりも、エッジを超えた生々しい醜さの方がほんとうの命を持っている。
そんなあなたの発信は、すべての人の心を打つことはないかもしれない。
けれどもしその発信に共感した人がいたなら、その人とあなたは意識の深層にある秘密のルートを通り、出会うことができるのだ。
いまこの記事を読んでくださっているあなたと私がその場所でこうして出会えたように。
もう一度繰り返そう。
あなたのなかにあるガラクタを集め、宇宙へ発信しよう。
それは他の誰かではない、なれる最高の自分と出会うための発信なのだから。
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〔2〕最新スクール情報
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Contents
【募集中】先祖供養セラピーワークショップ in 高源寺 <現地開催>
2026年3月7日(土)・8日(日)10:00~18:00(両日共)
このワークショップでは、皆さんがよく知っている供養の習慣などの裏側にある、「実際、先祖や死者たちはどのように私たちと関わりがあるのか?それがどのように私たちに影響するのか」という観点から、私たちがどのように先祖供養という、大きな大きな財産を、現実に活かすことができるのかということについて、お伝えしています。ワークとして、実際に先祖や亡くなった方の意識とつながり、彼らが何を「本当の意味で望んでいるのか?」という本質を明らかにしていきます。
また一日の終わりに、法要式の形式を使い、家系の滞ったエネルギーを解き放ち、無限の愛の源である祖霊とつながるワークを行っていきます(注)。
注:このワークショップの目的は、仏教の既存宗派の教えや、他の宗教の先祖供養の考え方や方法を否定することではありません。各々の宗派、宗教の先祖供養の方法を含んだ上で、新しい視点を提示する目的で行われます。
【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》
2026年5⽉16日(土) 開講
この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。
アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。
そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。
【募集開始】2026年度 Total Integration Course《オンライン》
2026年5⽉30日(日) 開講
本コースは、過去と未来を統合し、本質的な生命力を得て、なれる最高の自分(=個性化)を生きるための9ヶ月のプログラムです。
個性化とは、あなた自身が本来持つ個性に触れることで、本来そうなるであろうあなた自身へと統合されていくプロセスのこと。外側の役割や目標に到達しようとするのでなく、内側にある自己の力を知り、魂のビジョンを解き放ち、総合的な領域(社会的、精神的、霊的)を統合した、新時代のライフスタイルを提示します。
また、しっかりと時間をかけることにより、新しい知識や、ワークで得た感触のひとつひとつが自分自身の内側と結びつき、花開き、やがて根を張り、大樹のように成長していくことを意図しています。
すべてを簡単に得られる時代だからこそ、長期プログラムによってのみ得られるほんとうの人生の変容を、私たちのスクールでは最も大切にしています。
【募集開始】第5期アカシック<プロフェッショナル>コース
2026年6月20日(土)開講
このクラスは1年間のプログラムを通して、リーディング・ガイドの実践を重ね、それぞれの現場で活躍するためのアカシックリーダー・ガイドを育成するためのクラスです。
アカシックレコードの高次元の領域までの開発を行うことで、実践的なスキルを深め、日常のなかで機能するアカシックリーディング・ガイドとして皆さんが活躍するための場を意図してプログラムされています。
このコースは1年間をかけることで、アカシックリーディング・ガイドをあなた自身の肉体・精神・霊性と統合させる目的があります。
また宇宙システムと地球システムの本質的な理解により、認識の視座は大きく解き放たれることでしょう。
そして魂の青写真とあなた自身の人生はひとつのとなり、無限の色彩をもった表現へと変容していくのです。
またもしあなたがこのコースを本当の意味でやりぬいたなら、あなたは自分自身がひとつの体系をつくりだすことができる力を養うことになるでしょう。
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〔3〕編集後記
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さて、冒頭で少しだけ触れた、わたしの中で起きていた、ささやかな変化について。
それは最近、「ただの日記」を書くようになった、ということでした。
誰かに読ませるためでもなく(とはいえネット上のものではあるので読み手がいることは想定しつつ)、なにかに活かすためでもなく、なにかを売るためでもなく、誰かの役に立つためでもなく、ほんとうに、ただの日記。
今日あったこと。
ふと感じたこと。
なぜか引っかかった出来事。
あとから読み返したら、意味がわからなくなりそうな断片。
それを、誰に見せても見せなくてもいい前提で、こつこつ、小さく、でも大切に書いています。
もっと以前は、ただの日記を書くことにどこか後ろめたさがありました。
こんなことを書いて、何になるんだろう。もっと役に立つことを書いたほうがいいんじゃないかな。
せっかく書くなら、ちゃんとした形にしなくちゃ。自分を、証明しなくっちゃ。
そんな声が、いつもどこかで聞こえていた気がします。
でも最近、その問い自体が、少し違っていたのかもしれないなあ、と思うようになりました。
日記は、役に立たなくていい。むしろ、役に立てようとしないからこそ、そのままの感覚が残る。
うまく言えなかったこと。
途中で終わった感情。
整理しきれなかった一日。
そういうものを、「なかったこと」にしないための場所。それもすべてわたしの一日で、なんでもない日で、祝福されるべきただの日なんじゃないかな、と。
誰にも評価されなくていいし、結論もいらないし、きれいにまとまっていなくてもいい。
ただ、自分の中に起きたことを、自分自身がちゃんと受け取る。
それだけで、なにかが少しずつ、元に戻っていく感じがしています。
不思議だなーなんて思いつつ、今日もまた、ただの日記を書いています。
もしかしたら、ただの日記が書ける自分になりたかったのかな、なんて思ったりしました。
今日も、最後までお読みくださり、ありがとうございました。
文責:さめじまみお

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