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男性性女性性の統合のテーマについて

■男性性と女性性の統合というテーマ

男性性・女性性の統合とは、「自分自身の内なる性別をひとつにする」ではなく、「自分自身の内なる異性と自分自身は異なる存在であることをはっきりと認識した上で、共にバランスをとり、柔軟に躍動感をもって自分自身を生きていくこと」に他なりません。
そのような成熟した認識を持つならば、過度に異性に期待し、自分を救ってもらいたいという物語にはまり込むことはなく、また自分が異性を救わねばと、くたくたになるまで働き、翻弄されることもなく、互いの違いを認め、適切な距離と関係性を築くことによって、ほんとうの意味で目の前の異性とのパートナーシップを結ぶことができるでしょう。
現代を生きる私たちは、めまぐるしく変わる社会のありようのなかで、性がもたらす意味やその本質的な力を見出しにくく、自分自身がどのように異性との関係を構築していけばよいのか迷い果てているのかもしれません。
男性性と女性性の統合とは、自分の内側に存在する異性に気づき、目を向け、それが果たす役割を認識し、共に成長することであり、ただ単に性的に魅力を増す、といったように目に見えるものだけではなく、自分の人生の指標そのものとして機能するほどの大きな力を秘めているものです。
だからこそ男性性と女性性の統合というテーマは、古今東西の文化や神話のなかで、独特の文脈で語られ、その秘密の力を保持してきたものといえるでしょう。また近年、ツインソウルやツインレイといった呼び名で、「魂の片割れ」がこの世界には必ず存在すると主張するスピリチュアルな体系が増えています。またエジプト神話のイシス・オシリス、日本神話のイザナミ・イザナギに代表されるように、男性性と女性性とは、有史以来人間が扱ってきた壮大なテーマでもあります。


■ユング心理学「アニマ・アニムス」

心理学者ユングは、夢のなかに現れる異性像―男性であれば女性像、女性であれば男性像―が非常に大きな心理作用と、本質的な意味を持つことに気がつき、これらは異性像としての原型とし、それぞれにアニマ(anima)・アニムス(animus)と呼び名をつけました。そして人生の最終段階に入る時、人は自分の失われたもう反面である男性性・女性性を統合させるというプロセスへは自然と導かれることをユングは伝えています。

■アニマ

ユングは男性にとってアニマとは魂(seeleドイツ語。英語でsoulの意)と同義であるとしました。

男性の心のなかにある「永遠の女性」は、外界に投影されることよって、その性質の一端を私たちに示します。基本的にすべての男性は、現実の女性のなかに、この「永遠の女性」を見出し、また見出したように感じています。

永遠の女性、つまり自身の魂の表れであるアニマは男性の人生にとって、大いなる勇気を与え、同時に凄まじい破壊力を持つ存在です。

男性は基本的にアニマがもつ特性である「感じる力」「直感力」といったものよりも、「考える力」「論理力」を重視しやすい傾向があり、こういった女性的な側面を抑圧しやすく、自分が女性面を表すこと―たとえば人前で泣く―に対して、強烈なエッジをもちやすいのです。

そのような状態の男性にできることはたった一つ。

自分のアニマにまず気がつくこと。たしかに自分のなかに内なる女性が住んでいるのだと気づくこと。
それが男性にとって人生を本質的に生き、アニマの力を人生に統合していくための大切な第一歩なのです。

■アニムス

女性の場合は、しなやかさや優しさなどが社会的役割として求められることが多くあります。また個として立つよりも集団してコミュニケーションをとることを重視されます。そのため女性の無意識内には、理不尽さに対する意見や、個体としての強さなどが抑圧され、集積される傾向があります。この女性に求められる役割と相反するように無意識内に抑圧されたものが、アニムスの表現として現れるものです。
女性にとってのアニムスとは、強さ、意見、言葉、意味そのものであり、極端な現れ方をする場合、「こうすべきである」という強烈な女性の意見として現れます。
現時点で私たちが生きる社会は、男女の本質的な目的と、社会性の間で、どのように女性の立ち位置を置けば良いのかについて、十分な理解を持ってはいません。おそらく社会全体がこの女性の立ち位置についての理解を高めるには、男性性と女性性の統合という内的なプロセスが大きく関わるのではないでしょうか。女性のなかにアニムスがどのように関与するのかを認識し、そして内なる男性性との違いを明確にしながら、うちから現れる本質的な自分を慎重かつ、丁寧に育て上げていくことが、これからの女性の統合的な道といえるのかもしれません。

LGBTQ love symbol watercolor soulmate art

■神話で伝えられる両性具有

ネイティブアメリカン、ヘェメヨースツ・ストームは「あらゆる男の中には女の影があり、あらゆる女の中には男の影がある」と伝えました。私たちは個体としては肉体的には男性・女性という属性を持ちますが、本質的には「両性具有」であり、神話や各部族の伝承のなかには必ずといっていいほど両性具有の存在が登場します。
またシャーマンの伝統では、シャーマンが男性である場合には女性の守護霊がついており、霊的な妻として機能し、シャーマンが女性である場合には男性の守護霊がついており、霊的な夫として機能し、それぞれ現実の妻・夫とは別に、もう一人の霊的なパートナーをもっている、とされています。
またその霊的なパートナーは、彼らのスピリチュアリティの発露そのものであり、その能力の開花は、霊的なパートナーの開花に依る、とされています。また神話や伝承を離れた領域では、ロシアの神秘主義者、ニコライ・ベルジャーエフはこのように男女の結合について語っています。
「人間は性的な存在であるばかりではなく、両性的な存在であり、己れのなかに男性的な原理と女性的な原理を様々な比率で結合させ、この二つの原理は時に激しく対立することさえある。女性原理が完全に欠如している男性は抽象的な存在であり、宇宙の元素から完全に切り離されている。また男性原理が完全に欠如している女性は、人格とはなりえない。完全な人間を作り上げるのは、これら二つの原理の調和的な結合しかない。この結合は、男女いずれの場合にも、それぞれの半男半女的存在、両性具有者としての本質のなかで実現されるが、それはまた、相異なる二つの本質、男性性と女性性との相互交流を通じても実現される」
このように男女の性の結合を求める力とは、非常に古くから伝えられるものであり、現代では忘れられている人間の根本的な力動であること。そして私たちがここで歩んでいる男女の「性の捉え方」を新たな視点でとらえていくプロセスこそ、アニマ・アニムスの統合のプロセスなのです。

 

■アニマ・アニムスの投影の影響

少し強い言い方をすれば、抑圧され、無意識のなかに存在するアニマ・アニムスを意識化しない限り、私たちは永遠に実際のパートナーに出会うことはできず、「あの人はすべてを満たしてくれる存在であり、すべての祝福だ」といった肯定的なアニマや「あの人はすべてを破壊する悪魔であり、あの人がいる限り私は絶対に自由になれない」といった否定的なアニムスをただただ見出し続け、異性に磁石のように強く惹きつけられては、反転し、強く拒絶し合うといった関係性から逃れることはできないのです。そしてあるときふと、まったく投影の起こらない「意識のひらけ」を体験し、ありのままの相手と出会う、という出来事を体験するでしょう。
そしてそこにこそ真実の相手と、自分自身の姿を見出すことができるでしょう。
もちろんこの「意識のひらけ」は長続きするものではありませんが、それでよいのです。そしてまたあなたはアニマ・アニムスを投影し、自分の物語のなかに潜り込み、相手を責めるかもしれません。いえ。必ずそうなるでしょう。それでもかまわないのです。だからといってこの統合のプロセスを諦めて、そもそもこれは自分にはあわなかったのだ、などと思ってしまうことが最も愚かなことです。当スクールにて男性性女性生の統合をあつかう目的は、一時的な待避所でもなければ、気持ちのやすらぐ慰めでもありません。あなたが真に自分自身を生き、また大切なパートナーを本当の意味で自由のなかに解き放つこと。それが目的です。ここで書かれていることは、やや難解に思えるかもしれませんし、時にはとても苦しく思われることでしょう。
しかしどうぞ理解してください。あなた自身を成熟させること。それは最も遠いようにみえて、最も近く、そして確実な唯一の道なのです。

Morning sun beams in a rainforest.


■ほんとうの恋愛

私たちは心の内側にアニマ・アニムスをたずさえた存在です。そしてアニマ・アニムスは時に、心の内側で「完璧な相手」として現れます。けれど人間は完璧ではありません。神・女神を相手に投影するとき、私たちはありのままに相手をそこに見ることができなくなり、「こうであったらいいのに」という幻想を抱くのです。そして自分にふさわしい幻想を見せてくれるときには、肯定的なアニマ・アニムスを投影し、それを見せてくれない時には、否定的なアニマ・アニムスを投影します。
いずれにせよ、私たちはこのように望んでいるのです。「自分にぴったりなパートナーが見つかれば、相手が幸せを運んできてくれる」と。相手に幻想を抱かないということは、これら通常私たちがとってしまいやすい態度の反対をいく道といえます。それは同時に自分の人生に対してすべての責任をとる成熟した態度を表しています。気分が悪いとき。失望したとき。それをすべて自分の責任として受け止め、相手によってのみ引き起こされたものではないととらえることができるなら、私たちは成熟へと向かっているでしょう。自分が幸福になるのも、不幸になるのも、自分自身の責任なのです。このような成熟の道をあなたが歩むことは、決して簡単ではないでしょう。常に揺さぶられ、自分を見ることへの拒絶を感じることもあるでしょう。けれどこの道を歩むことの価値は、ほんとうに大きなものへとつながっていくことにあります。人を愛する能力は、この成熟の道を歩むことによってはじめて育まれるものだからです。自分自身をありのままにとらえ、相手もありのままに見ることができる。その土台があって初めて私たちは、真の関係性を築くことができるのです。

◾️男性性と女性性の統合と人間社会の成熟

男性性と女性性の統合とは、人間の成熟のレベルと直接関係しています。そのため男性性と女性性のテーマに個人的に取り組むことは、自分自身の近しい人間関係、あるいは仕事などと大きな関わりを持ち、範囲を広げれば地域、政治とも関わりを持ちます。誤解を恐れずに言えば、男性性と女性性の統合をテーマとして根底に持たない個人や文化は未成熟であるために、男女差別が強く、あるいは偽りの男女平等や内的な争いに満ちているといえます。しかし男性性と女性性の統合テーマを持つ個人や文化は、性に関する寛容さと判断力を同時に持ち、性がもたらす現実的な力と心理的な作用を、教育、社会、政治などあらゆる方面に浸透させていくことで、表面的なものではない、本質的な平和や愛を育んでいきたいと願うはずです。

【募集開始】男性性と女性性の統合 アニマアニムスWorkshop level.1《オンライン》

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2024年8月24日(土)・25日(日)13ー17時×2日間開催

【終了しました】男性性と女性性の統合 アニマアニムスWorkshop level.1《オンライン》

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