小一の壁と「女子というペルソナ」 【ブッダスクール通信vol.90】
みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当のさめじまみおです。
春ですね!
この季節は、毎年どこかそわそわとした空気が流れているように感じます。
新しい生活が始まる人もいれば、環境が変わらなくても、なにかが切り替わるような気配を感じている人もいるかもしれません。
さて、そんな春の気配のなかで、わたし自身もこのところ、ひとつの変化の中にいます。
うちの子どもたちがこの春、それぞれ高校生と大学生になったのです(正確にはこれから入学式なのですが)。
気づけばもう、日常のあれこれに手をかける場面もぐっと減り、「子どもが自分の手を離れていく」ということを、じわじわと実感しています。
もちろん、頭ではわかっていたことです。
いつかこうなる、とは思っていた。
けれど正直に言うと、「本当にその日が来る」という感覚は、どこか現実味がなかったのです。
というか、そんな日、永遠にこない!という気持ちで過ごしていたと思います 笑。
そして今、実際にその変化の中に立ってみると、なんだか少し不思議な感覚があります。
ぽっかりと、なにかが終わったような。
そして同時に、なにかが始まろうとしているような。
そのあたりのことを、編集後記で少し書いてみたいと思います。
それでは、本日もつうりさん特別コラムをどうぞお楽しみください!
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〔1〕齊藤つうり特別コラム
「小一の壁と『女子というペルソナ』」
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娘のMはいま、ちょうど「小一の壁」にぶつかっている真っ最中である。
小一の壁とは、それまで幼稚園や保育園で自由に遊んでいた子どもたちが、小学校という社会の中に入り、本格的な社会化を経験する最初の段階のことをいう。
生活のリズムが変わるとか、勉強が始まるとか、そういう表面的な変化だけではない。
もっと深いところで言えば、
「集団の中で、自分の立ち位置を学ぶ」
というプロセスが始まるのが、この小一の壁である。
そしてこれは、特に女の子にとっては非常に複雑な体験になりやすいといわれている。
研究でも、男の子は直接的・身体的な衝突を通して関係を作ることが多いのに対して、女の子は関係性や空気を通して関係を作る傾向が強く、その分だけ社会的なプレッシャーが複雑になりやすいことが報告されている。
つまり女の子は、
・グループに入るか外れるか
・誰と仲良くするか
・誰に合わせるか
・誰を避けるか
といった関係の中で、自分の立ち位置を学んでいく。
そしてこのプロセスの中で、
「女子という社会」
に入っていくことになる。
Mは12月生まれで、もともとマイペースなところがある。
だから活発な子たちの輪の中にすぐに入るというより、少し距離をとって様子を見ているようなところがある。
そんなMを見ていると、父親としてはっきり感じることがある。
この子はいま、どんどん「女の子になっていっている」という感覚である。
ここでユング心理学の考え方を思い出す。
ユングはアニマ・アニムスという概念を提示している。
人間は男性なら内側に女性性を持ち、
女性なら内側に男性性を持つ。
そしてこの考え方の中に、とても興味深い視点がある。
それは、
社会的な性別はペルソナである
という見方である。
ペルソナとは、社会の中で生きるために身につける役割である。
人は生まれたとき、ただ存在しているだけである。
親がいて、守られていて、愛されている。
しかし社会に入っていくと、
男の子らしくしなさい
女の子らしくしなさい
という役割を学ぶことになる。
そしてそれを身につけることが、
社会の中で生きていくための正しいやり方
であると教えられる。
しかしこれは、本来の性別としての自分とは別のものである。
社会が求める男性像
社会が求める女性像
を身につけたものが、
ペルソナとしての男性・女性である。
Mを見ていると、いま彼女はまさにこの葛藤の中にいるように見える。
彼女はもともととても女の子らしい子である。
おしゃれが好き
かわいいものが好き
お化粧も好き
しかしそれとは別に、
女子グループの中で生きていくための女子
にならなければならない。
ここに大きな緊張が生まれているように見える。
研究でも言われていることだが、男の子は気に入らなければ直接ぶつかることが多い。
言い合いをする
喧嘩をする
時には物理的にぶつかる
しかし女の子は違う。
直接ではなく、間接的に表現する。
あの子ちょっと変だよね
あの子と話さないようにしよう
私が言ったんじゃないけど、○○ちゃんが言っていた
このように、
関係を通して攻撃する
という形が生まれる。
心理学ではこれを
関係性攻撃
と呼ぶ。
そしてこれは女の子に多く見られる行動であることが、多くの研究で示されている。
Mを見ていると、
この直接言葉にならない空気
間接的な関係の圧力
に強い緊張を感じているように見える。
だからこそ思う。
小一の壁は大きい。
特に女の子にとっては非常に大きい。
しかし同時にこうも思う。
私たちは皆、この壁を通ってきた。
どうやって攻撃されないか
どうやって集団に入るか
どうやって生き残るか
そうやって社会性を身につけてきた。
しかしその代わりに、
本来の自分を少し忘れてしまった
のかもしれない。
社会の中で生きるための女性
社会の中で生きるための男性
に同一化しすぎて、本来の欲求が見えなくなる。
ユングのアニマ・アニムスの考え方は、その奥にある本質を思い出すための視点である。
自分は本当はどんな愛を求めているのか
どんな関係を望んでいるのか
どんな存在でいたいのか
それは社会の役割とは別のところにある。
Mはいま小一で、とてもしんどい帯域を通過している真っ最中なのだ。
そんなプロセスを親として見守るとき、幼少期とはなんて不安定で、なんて危ない場所なのだろうと心から思う。
どうかこのプロセスを無事に通過して欲しいと願うばかりである。
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〔2〕最新スクール情報
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【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》
2026年5⽉16日(土) 開講
この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。
アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。
そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。
【募集中】2026年度 Total Integration Course《オンライン》
2026年5⽉30日(日) 開講
本コースは、過去と未来を統合し、本質的な生命力を得て、なれる最高の自分(=個性化)を生きるための9ヶ月のプログラムです。
個性化とは、あなた自身が本来持つ個性に触れることで、本来そうなるであろうあなた自身へと統合されていくプロセスのこと。外側の役割や目標に到達しようとするのでなく、内側にある自己の力を知り、魂のビジョンを解き放ち、総合的な領域(社会的、精神的、霊的)を統合した、新時代のライフスタイルを提示します。
また、しっかりと時間をかけることにより、新しい知識や、ワークで得た感触のひとつひとつが自分自身の内側と結びつき、花開き、やがて根を張り、大樹のように成長していくことを意図しています。
すべてを簡単に得られる時代だからこそ、長期プログラムによってのみ得られるほんとうの人生の変容を、私たちのスクールでは最も大切にしています。
【募集中】第5期アカシック<プロフェッショナル>コース
2026年6月20日(土)開講
このクラスは1年間のプログラムを通して、リーディング・ガイドの実践を重ね、それぞれの現場で活躍するためのアカシックリーダー・ガイドを育成するためのクラスです。
アカシックレコードの高次元の領域までの開発を行うことで、実践的なスキルを深め、日常のなかで機能するアカシックリーディング・ガイドとして皆さんが活躍するための場を意図してプログラムされています。
このコースは1年間をかけることで、アカシックリーディング・ガイドをあなた自身の肉体・精神・霊性と統合させる目的があります。
また宇宙システムと地球システムの本質的な理解により、認識の視座は大きく解き放たれることでしょう。
そして魂の青写真とあなた自身の人生はひとつのとなり、無限の色彩をもった表現へと変容していくのです。
またもしあなたがこのコースを本当の意味でやりぬいたなら、あなたは自分自身がひとつの体系をつくりだすことができる力を養うことになるでしょう。
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〔3〕編集後記
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さて、冒頭でも少し触れたのですが、いまわたしは「子どもが手を離れていく」という時間の中にいます。
生活のなかで「お母さん」として求められる場面は、ここ数年でぐっと減りました。
これまで当たり前のようにあった役割が、静かに、でも確実に終わりに向かっている。
そんな感覚があります。
そして最近、自分でも少し意外だったのですが、どうやらわたしは、いま「燃え尽き」のような状態を通っているみたいなのです!!
毎日を必死に回していたときには気づかなかったのですが、少し手が離れてみると、ふっと力が抜けて、「あれ、わたし、次に何をしたいんだっけ?」と立ち止まっている自分がいる。
あんなに「もっと自由な時間がほしい!」と思っていたはずなのに。
あんなに「1日でいいから仕事だけに集中してみたい!」と思っていたはずなのに。
子育てって、終わりがないようでいて、実はちゃんとひとつの区切りがあるんですね。
そしてその区切りのあとにやってくるのが、「じゃあ、わたしはこれからどう生きるの?」という問いなのだな、と感じています。
いや~、18年ぶりくらいでしょうか。
こんなふうに、自分のアイデンティティを改めて見つめ直す時間を持つのは。
母としてでもなく、誰かのためでもなく、
「わたしは何がしたいのか」
「どう在りたいのか」
そんなことを、もう一度ゼロから感じているような気がします。
何かをやりきったあとの空白。
そして、次の自分に出会う前の、静かな余白。
もしかしたらいまは、その途中なのかもしれません。
子どもが巣立っていくことは、さみしさでもあり、同時に、新しい自分に出会う入り口でもある。
そんなことを、しみじみと感じているこの春なのでした。
今日も、最後までお読みくださり、ありがとうございました。
文責:さめじまみお

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