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この世界にはまだ歌われていない歌がある。
その歌はきっと歌われることを待っている。

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2026年の水害とチベットのクラウンチャクラとアカシックレコード【ブッダスクール通信vol.102】

みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当のさめじまみおです。

少しずつ秋らしくさわやかに、と書きたいところですが、9月末となる今もまだ長雨がつづいています。

被害に遭われたみなさまに、心よりお見舞い申し上げます。
どうか一日も早く、安心して日常を過ごせる日々が戻りますように。

さて、こちらのメルマガを書いたり、弥勒力行動部の講師としてみなさんとご一緒したりと、元気に活動しているように見える(はずの)わたしですが。

じつは個人的にはここ数ヶ月ほど「う、動けない……重だるい……」という日々を過ごしておりました。

何もしていないわけではないんです。仕事もしているし、家のこともしている。人にも会うし、出かけたりもしている。でも、自分の中の何かが、どうにもこうにも重たい……というあの感じです。

なかでも手つかずになっていたのが「書くこと」でした。

文章を書くことは、わたしがずっと愛していること。そして仕事をするうえでも、これから出会う方々とつながるための、とても大切な接点です。

なのに、自分のnoteに、まったく文章が書けない!!という状態が、ずいぶん長く続いていました。

ところが最近、あることをきっかけに、止まっていたものが少しずつ流れ始めたのです。

そのきっかけはというと……。

の、続きは編集後記にて。

それでは本日も、つうりさん特別コラムをどうぞお楽しみください!

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〔1〕齊藤つうり特別コラム
「2026年の水害とチベットのクラウンチャクラとアカシックレコード」
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日本各地、そしてチベット・ネパール地域で発生した水害によって被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。また、亡くなられた方々に深い哀悼の意を表します。
この記事では、こうした出来事をアカシックレコードの観点から捉え、私なりに感じていることをお伝えしています。
しかし、それは決して、災害によって失われた命や、人々の苦しみに、スピリチュアルな意味や必然性を与えようとするものではありません。
現実に起こった災害と、そこから私が受け取った象徴的な意味は、明確に分けて考えています。
被災された方々の悲しみや困難に思いを寄せながら、今という時代に何が現れようとしているのか、私自身の視点から綴りたいと思います。

2026年、世界各地で大きな水害が起こっています。
私は今年のアカシックレコードを読む際に、アジア全域で、極端に雨の多い地域と、反対に雨の少ない地域が増えるだろう、というお話をしました。
また、6月頃に地方でワークショップを行った際にも、その地域で大量の水があふれている様子を、アカシックレコードを通して見ていました。
しかし、情報として見えていたものと、現実に起こることの間には、やはり大きな違いがあります。

私にとって特に印象的だったのが、チベット・ヒマラヤ地域からネパールにかけて発生した洪水でした。
高い山々の氷河が溶け、湖に蓄えられていた水が一気に下流へと押し寄せていく。
私はこの光景に、アカシックレコードを通して以前から感じてきた、今という時代の大きな変化を重ねています。

少し、そのことについてお話ししたいと思います。

私は以前から「アカシック・グリッド」という概念を用いています。
これは、地球上のパワースポットと呼ばれる場所が、地球を取り巻くアカシックのエネルギーネットワークと重なっている、という考え方です。
例えば、デルフォイの神殿やギザのピラミッド。こうした場所では、アカシックのグリッドが交錯し、その場所で起こったことが世界へと影響を与えたり、反対に世界からの影響を受けたりする。
私は、そのように捉えています。
そして、世界のアカシック・グリッドの中でも、特に大きな意味を持つ場所の一つが、チベット・ヒマラヤ地域なのです。

チベットは「世界の屋根」と呼ばれています。
世界でも最も標高の高い地域の一つであり、厳しい自然環境の中で、独自の精神文化を育んできました。
チベット仏教、とりわけチベット密教が、世界の仏教の中でも独特の位置を占めていることも、この土地の特性と無関係ではないように思います。
そして私は、チベットという土地そのものが、地球のクラウンチャクラに相当する場所であると捉えています。
私たち人間のクラウンチャクラは、頭頂に位置し、宇宙意識や神聖なものとのつながりを象徴しています。
だとしたら、地球にも同じように、宇宙とつながるための特別な場所があるのではないでしょうか。
その一つが、世界で最も高い山々を抱くチベット・ヒマラヤ地域なのだと、私は感じています。

地球のクラウンチャクラとしてのチベット。
そして、その頂に存在する氷河は、いわば地球のクラウンチャクラに蓄えられた、神聖な水なのです。

さて、その氷河が今、溶け出しています。
高いところに閉じ込められていた水が、下へと流れ出し、あらゆる場所へと広がっていく。
もちろん、氷河の融解や洪水には自然科学的な原因があります。しかし、アカシックレコードという観点からこの光景を見たとき、私には、そこにもう一つの意味が浮かび上がってくるのです。
それは、これまで最も高いところに存在していた神聖なものが、地上のあらゆる場所へと開かれていく、ということです。

かつて、神聖なものは高いところに存在していました。
天上界、神々、仏たちの世界。
人々は、自分自身を超えた存在を仰ぎ見て、そこに神聖さを感じてきました。
チベットの高い山々が、古くから特別な精神性と結びついてきたことも、そうした人間の意識と深く関係しているのかもしれません。

ところが今、その高いところにあった水が、地上へと流れ出している。
私は、ここに非常に大きな意味を感じています。
それは、これまで限られた場所や、特別な人々に託されていた神聖さが、すべての人々へと開かれていく、ということなのではないでしょうか。
実際、私たちの社会でも、これまで高いところに存在していたものが、次々と開放されています。
かつては限られた人にしか伝えられなかったスピリチュアルな教えが、今では誰もが触れられるものになりました。
特別な場所に行かなければ得られなかった情報も、世界中に開かれています。

一方で、かつて絶対的だった権威やヒエラルキーは、次第に失われつつあります。
ケン・ウィルバーは、精神的な深さや高みが見失われ、世界が平板に捉えられてしまうことを「フラットランド」という概念で論じています。
私は、今の時代にも、そうした側面があるように感じています。
すべてが平等になることによって、私たちは、自分自身を超えたものへの畏敬や、神聖なものへの憧れを失いつつあるのかもしれません。

しかし、ここで一つ、別の可能性が浮かび上がってきます。
それは、神聖さが失われているのではなく、神聖さの存在する場所そのものが変わろうとしている、ということです。
かつては高い山の頂に存在していたものが、今、私たちの暮らす場所へと流れ込んできている。
かつては特別な聖地に行かなければ触れることのできなかったものが、今、私たちの日常の中に現れようとしている。

そして、それは外側の世界だけで起こっていることではありません。
地球のクラウンチャクラが開き、そこに蓄えられていた神聖な水が流れ出すように、私たち一人ひとりのクラウンチャクラもまた、開かれようとしているのではないでしょうか。

私は、ここに今という時代の、とても大きな可能性を感じています。
これまで私たちは、自分の外側に神聖なものを求めてきました。
神々や仏、聖地、あるいは特別な指導者。
しかし、その神聖さが、もともと自分自身の内側にも存在していたとしたら。
そして今、そのことに気づく時代を迎えているのだとしたら。
私たちにとって、目覚めというものの意味も、大きく変わっていくのではないでしょうか。

それは、自分自身が神になったと思い込むことではありません。
むしろ、自分の内側に、自分の意志ではどうすることもできないほどの、深い神聖さが存在していることに気づくのです。
自分自身の中に、決して侵すことのできない、不可侵のものがある。
そして、その神聖さは、自分だけでなく、他者の内側にも等しく存在している。
そのことに気づいたとき、私たちは、自分自身を敬うことと、他者を敬うことが、本当は一つのことであったと知るのかもしれません。

水は、スピリチュアルな世界では感情を象徴するものでもあります。
地球の最も高いところにあった水が、あらゆる場所へと広がっていく。
私は、この光景を、地球全体の意識が変容していくことの象徴としても捉えています。
それは、これまで高い場所に留められていた神聖な意識が、私たちの感情や身体、日常の暮らしにまで浸透していくことなのかもしれません。
もちろん、現実の洪水によって失われた命や暮らしの重みは、こうした象徴的な解釈とは分けて受け止めなければなりません。
その上で、私は、この光景に一つの大きな時代の転換を感じています。

地球のクラウンチャクラであるチベット。
その頂に蓄えられていた氷河が溶け出し、水となって地上へと流れていく。
それは私にとって、かつて天上に存在していた神聖さが、地上のあらゆる場所へと開かれていくことの象徴なのです。
そして、その水が私たちの暮らす場所にまで届くように、神聖さもまた、私たち一人ひとりの内側に現れようとしている。
そこに現れるのは、すべてのものから深さや高みが失われた、平板な世界ではありません。
誰もが等しく神聖さを宿しながら、一人ひとりが自らの内側に、計り知れない深さと高みを発見していく世界です。
それは、これまで天と地を分けていたものが、私たちの内側で一つになっていくことでもあるのでしょう。

地球のクラウンチャクラに蓄えられていた神聖さが、地上へと開かれていく。
そして、私たち一人ひとりの内側に、その神聖さが宿っていたことが明らかになっていく。
私は、そこに今という時代の本質があるように感じています。

私たちは、神聖さを失おうとしているのではありません。
これまで遠い天上に求めていた神聖さが、今、私たち自身の内側に現れようとしているのです。

かつては高い山を仰ぎ見なければ触れることのできなかったものが、今、私たち自身の生命の中に息づいている。
天上の神聖さが、地上に生きる一人ひとりの神聖さとして現れていく。
そして、すべての人が等しく神聖さを宿しているということは、誰もが自分自身の内側に、無限の宇宙へと通じる扉を持っているということでもあるのでしょう。
それは、平等であることと、崇高であることが、初めて一つになる世界です。

私は、アカシックレコードを通して、そんな時代の到来を以前から感じてきました。
地球のクラウンチャクラが開き、天上にあった神聖さが、一人ひとりの内側に宿っていく。
私たちは今、そのような地球と人間の、新しい意識の時代を迎えようとしているのではないでしょうか。

 

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     〔2〕最新スクール情報
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【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》

2026年10⽉31日(土) 開講

この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。

アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。

そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。

【募集開始】アカシック ベーシックコース《オンライン》

 

【募集開始】Total Integration Course 弥勒力セクション《オンライン》

2026年11月28日開講

弥勒力セクションは、自分自身の内側にある「魂のビジョン」を見出し、それを現実の仕事へとつなげていくための4ヶ月のプログラムです。

エニアグラムや発達心理学、インテグラル理論などの体系に加え、講師によるアカシックリーディングの個人セッションやグループワークを通して、自分自身の特性や方向性を多角的に見つめていきます。そのプロセスの中で、「こちらへ向かうことこそが、自分自身になっていく道なのだ」という確信を育み、本質的な生きがいである「個性化の仕事」を見出していきます。

これまでのように外側の社会や価値観に自分を合わせて仕事を選ぶのではなく、自分の内側にある可能性や違和感、魂のビジョンから、新しい仕事と生き方を生み出していくこと。それが、このセクションで目指す「個性化の仕事」です。

「自分は何のために生き、何をこの世界に生み出していくのか」。その問いに、自分自身の内側から答えを見出していくことは、人生の中でもそう何度も得られるものではありません。

これから先の人生を、自分自身として生きていくための大切な軸を見出す、かけがえのない4ヶ月となることでしょう。

Total Integration Course 弥勒力セクション 2026年11月28日開講<オンライン>

 

【募集中】アカシックエキスパートコース《オンライン》

2026年12月5日(土)開講

本コースは、アカシックレコードリーディング・ガイドのスキルを向上し、あらゆる領域で活用するためのコースです。またアカシックレコードの全体像を理論的に理解し、より詳細な情報を扱っていきます。
アカシックをスピリチュアルと呼ばれる領域だけではなく、科学・量子力学・ユング心理学といった観点を取り入れながら深めていくために、コース生は多角的かつ、実用的な領域でアカシックを活用することを可能とします。

そしてまた個性化の傾向性を、身体症状や自分自身が住う環境、アカシックグリドといった観点から深めていくという独自の方法を行い、「なれる最高の自分」を本質的に生きるためのクラスといえるでしょう。
非常に幅広いワークを取り扱い、受講者のアカシックの可能性を大幅にひろげてゆきます。

【募集開始】アカシック【エキスパート】コース《オンライン》

 

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       〔3〕編集後記
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さて、そもそもなぜわたしは書けなくなっていたのか。理由は、ばかみたいに簡単なことでした。

わたしの中にはずっと、「一日の終わりに、その日のできごとを振り返りながら、ゆっくり日記を綴りたい」という、“理想の書く人”がいたんです。

一日のあれこれが終わった夜に静かな部屋で、今日あったことや、心が動いたことを思い返しながら、ゆっくり文章を書く。

いいですよねえ!今でもできればそうしたい。

ところが、現実のわたしはどうかというと、一日の終わりには(というか16時以降には)、ほぼ体力ゼロ。夕方から家族がドカドカと帰宅し、ごはんだのなんだのとそれぞれの対応案件が発生し、静かな夜なんてこの20年きたことない。夜はいつでもしぼりカスみたいになっている始末です。そんな状態で、表現なんてできるわけがないんだ……。

だからもう何年も前から「書くなら、たぶん朝なんだろうな」とは、うすうすわかっていました。でも「朝に、その日の日記は書けないじゃん(涙)」という、これまた当たり前の問題が立ちはだかる。

そしてわたしは長年、このぜったいに勝てない果てしのない戦いを、なぜか律儀に続けていたのでした。

そんなある日ふと「なんか、よどんでるなあ」と思ったんです。

自分自身もそうだし、家の中もなんとなくそう。

それで、まずは目についた「床に置きっぱなしのもの」を、ひとつずつ片づけてみることにしました。

廊下に何気なく置いていた、大袋の猫のエサ。
箱買いした飲料水の段ボール。
「あとで読もう」と仮置きしたまま積み上がっていた雑誌類。

家具やインテリアじゃなくって、ただなんとなく、床のあちこちに置きっぱなしになっている「お荷物」たちです。

それをひとつずつ撤去していきました。すると。あれえ? なんか軽い。ような。なんか動きやすい、ような。

ただ、床が見える。通り道に、余計なものがない。それだけで、なんだか流れがよくなったような感じがしたんです。もしかすると、わたしの「書くこと」にも、同じようなものが置きっぱなしになっていたのかも?と思いました。

「日記は、一日の終わりに書きたい。ぜったいに」というお荷物も、いつの間にかそこに置いて、動かさなくなっていたもののひとつなのかも。

そうして、朝、思いつくままに文章を書いて、そのままnoteにアップすることにしました。すると現在6日連続で更新中です。あんなに書けなかった数ヶ月の日々はいったい…。

今回、床に置いていたものを片づけながら思ったのですが、人が流れて、通っていく道って、ただそのまま広く空けておくことが大事なんですね。廊下も部屋も、気づけば「ちょっとだけ」と置いたもので、いつの間にか狭くなっていました。これ、頭の中も同じなのかもしれません。

「こうしたい」「こうするべき」と置きっぱなしにしているものが増えると、それだけで動きにくくなる。なんだか重いな、うまく進まないなというときは、新しい方法を探すより、まず余計なもので道をふさいでいないか見直してみるのもよさそうです。

そんなわけで、noteは現在6日連続更新中!
いつまで続くかはわかりませんが(笑)、久しぶりに戻ってきた「書くって楽しいなあ」という感覚を、しばらく楽しみたいと思います。

今日も、最後までお読みくださり、ありがとうございました。

文責:さめじまみお

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