「宇宙を信頼する一年」についての解説
ー齊藤つうりブログよりー
1月1日の能登半島震災に被災された皆様。
こころよりお見舞い申し上げます。
毎年行っているアカシックレコード年間リーディングでは「宇宙を信頼する一年」
というキーワードをお伝えしました。
当たったはずれたという予言騒ぎには関しては私は完全に否定派です。
しかしこういった災害を前にして私たちができることは、まずは被害に遭われた方への支援と同時に、自分自身の身の回りを振り返ることです。
災害に関しても今回のリーディングでは触れています。
知っていれば回避できる、というエゴからの視点ではなく「いつどこで何が起こっても心構えができている・備えている」ということが大切なのだということをお伝えしたいのです。
また「宇宙を信頼する」ということは、決してふわふわした安易な逃げとして提示しているテーマではありません。
信頼、とは人間にとって本質的に必要なものです。
信頼なくして私たち人間は生きていくことはできません。
しかしながら経済や数字へと人と人との信頼は換算され、崩れていきます。
そんな状況のなかで私たちはどのように信頼を作り上げていくことができるのでしょうか?
より管理され、より複雑になり、何かを自分が作り上げていると感触が得にくい世界へと進んでいく。
現代では宗教は否定され、経済効果やマインドコントロールのためのものであり、最も低次なレベルへと落とされていく傾向が強く見られます。
しかし人間とは何かを信じ、大いなるものとのつながりを本質的に求めるものです。
私欲が入った宗教や思想が問題なのであり、人間が本質的に求める霊的な欲求やスピリチアリティそのものを否定してしまうことは、人間を機械化へと貶めてしまいます。
そのような背景から「宇宙を信頼する」というキーワードをお伝えしています。
宇宙へと人間の意識が進出していく現代において、私たちは意識のシフトポイントを迎えています。
それは個々人がこの宇宙の一部であり、また全体であるという普遍的な真実を通じて、それぞれが「内なる宇宙への本質的な信頼を回復する」ということです。
宇宙を信頼するとは、特定の外側の何かをみつけ、自分だけが助かる道を探す
ではなく
あなた自身が大いなるものとつながっているのだという信頼を回復する
ということです。
言葉による表現とはいつでも不便なものですが、そのような思いが少しでもお伝えできればと思い、今回の動画をお伝えしました。
もしもよろしかったら、情報の一視点としてご覧くださいませ。
また下記に、私が得たアカシックレコードからの情報の文書を貼り付けます。
通常の文書というよりは、そのままの情報であるため、すこし文体が変わっています。
私の人格というよりは、アカシックレコードからの直接の情報なのだとご理解いただければ幸いです。
アカシックレコードからの情報2024
宇宙を信頼する一年
信頼せよー。
あなたはこの宇宙の一部であり、全体である。
あなたが成すこと、出会う人、触れるもの。
すべてが宇宙であるのだから、信頼に足るのだ。
そしてまた宇宙は、あなたのすべてを完全に信頼している。
あなたが成すこと、出会う人、触れるもの。
最初から最後まで、すべてのプロセスを、この宇宙は包含している。
信頼する、という言葉は神聖な目的で本来使われるものだ。英語では信頼・trustとは「真実性、誠実さ、美徳に対する信仰心」という意味が語源であるとされる。
しかし現代では信頼とは、人間同士のつながり、現実的な行為、言葉、結果といったものに結びつきやすい。
たとえばあなたが自分のパートナーを信頼する、と言ったとする。それは相手のどの部分に信頼を置いているのだろうか?行動だろうか?言葉だろうか?それともありようだろうか?おそらく自分の内側にある「こうであってほしい」という相手への期待があり、その範囲のなかで相手が行動し、言葉を使い、存在を定義することを望んでいる。その期待を「信頼」という言葉に被せているのかもしれない。
だからこそあなたが「裏切られた」「信頼していたのに」と思う時には、自分の期待や望みと異なる場面にぶつかったタイミングなのだろう。
そしてまた世界も同じだ。あなたはこの世界に「こうであってほしい」という期待を持っている。そしてその範囲のなかに世界が収まった時に、あなたはワクワクし、そうでない時にはガッカリする。そして戦争は起こるのだ。
経済のみが真実であるというこの世界のなかで、私たちは横の広がりを求め、天と地への信頼を切り離してしまったのかもしれない。
だからこそ現代の私たちが使う「自分を信頼する」という言葉はどこか空虚だ。それは自分の行動、言葉、結果に紐づけられていく。
つまり行動や言葉や結果に表せないものは、信頼に値しないし、自分がそれらを表せなかった時には、自分自身を信じることができないことになる。
その結果、私たちは大地から裏切られ、天から見捨てられ、どこにもいけない孤独の中有を彷徨っている。その本質的な孤独の叫びから利権と貪りと争いが生み出されている。
2024年、人類は本格的に宇宙の開発を進めていくだろう。そして世界はより拡大していく。
しかし私はこう言いたい。
本当の意味で信頼できるものが何もなく、孤独を内に秘めたまま、宇宙に飛び立ったとしても、より深い孤独が待っているにすぎないのだ。
そしてまたこうも言いたい。
いま起こっている宇宙への開発のプロセスは私たちの源からの呼び声なのだと。宇宙を信頼するということは、私たちがこの世界だけに閉じ込められた孤独な存在ではないのだと理解することだ。
私たちの本質は、源から解き放たれ、また源へ回帰していく宇宙のプロセスそのものなのだ。その意味では信頼に足るものとは、あなたの存在の根底に流れる宇宙の呼び声なのだ。
特定の神に名前をつけ、創造主と呼ぶことは、かつては有効な手段だったかもしれない。
けれどこの2024年の幕開けにあたり、私たちは誰もが自分自身の内側に「創造の大いなるプロセス-つまり宇宙-」を捉え、そしてそこにこそ「信頼」を置くことができるのだ、ということを深く理解する必要がある。
キリスト教ではそれを天なる父と呼び、道教ではタオと呼び、仏教では仏と呼んだ。
真実であり、善であり、美であるもの。それは決して現象のなかだけでとらえられるものではない。
「宇宙への信頼」を私たちが回復したときに、真実と善と美は内側に見出される。そして宇宙への信頼を回復した人は、永遠性をこの現実のなかに見出し、本質的な持続可能テクノロジーをこの世界にもたらす。
移ろいゆく世界と、永遠なる世界。この二つの世界に橋をかけるのが「宇宙を信頼すること」なのだ。
確定した現実ではなく、不確定な未来に身を投げよ。
既存の枠やあなたの狭いジャッジの内側から飛び出せ。
そうすれば、この世界に属していない、もうひとりのあなたがそこで待っている。
宇宙を信頼する。
そのときあなたの目の前に永遠への橋がかかり、新しい経済、新しい人間関係、新しい未来がひらかれるだろう。
以上。
【▲ ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線カメラ(NIRCam)で観測された惑星状星雲「環状星雲(M57)」(Credit: ESA/Webb, NASA, CSA, M. Barlow, N. Cox, R. Wesson)】
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