【解放と変容をめぐる6つの問い】生崎 梢 編
8月29日・30日に開催する「解放と変容Workshop」。
開催を前に、今回講師を務めるお二人に、「解放と変容」をめぐる6つの問いを投げかけました。
なぜ私たちは、自分らしく生きたいと願いながら、自分を縛ってしまうのか。
頭ではわかっているのに、なぜ同じことを繰り返してしまうのか。
そして、解放していくと、何が起こるのか。
お二人がこれまで実際に体験してきたこと。
そして、ブッダスクールで人の変容に関わる中で、見えてきたこと。
それぞれの体験と、講師としての視点から、じっくりと答えてもらいました。
今回は、「生崎 梢 編」をお届けします。
ーー生崎 梢(いくさき こずえ)profileーー
カリフォルニアを拠点に、現地およびオンラインでアカシックリーディングやガイドセッション、自己統合・解放のワークショップ、コミュニティー活動、音楽活動などを行っている。「自分自身の神聖さ」に触れ、本来の生命力や輝きを生きるプロセスを大切にしながら、内なる力が自然とあらわれる場をひらくことに大きな喜びを感じている。
幼少期から人の心の働きや無意識に関心を持ち、英会話講師や中学校教員として、人の成長や変化に寄り添う経験を重ねてきた。人生の転機を迎え、「自分を生きるとはどういうことなのか」という問いと向き合い、脳幹療法やエネルギーワークを学ぶ。
その後、ブッダスクールでアカシックリーディングや自己統合と出会い、本来の自分へと還ること、魂としての自分と人間としての自分をともに大切にしながら、この人生を喜び生きる在り方を深めている。
音楽ライブを通して、音・声・身体性が持つ、理性や自我を超えて人と人が繋がる力や、心身がひらいていく体験を重ね、その可能性をワークやセッションにも取り入れている。
1. 以前の梢さんが「どうして私はいつもこうなるんだろう」と一番強く感じていたのは、どんな場面でしたか?
いつも思いを飲み込んでしまうし、自分の本当の気持ちが麻痺していて、流されてしまう。そして、なぜだかわからないまま心が苦しくなっていく――そんなパターンを、私は何度も繰り返していました。よくここまで生きてきた!と本当に思います。
そんな自分に嫌悪を感じていましたし、「なんで私が」という被害者意識も強かったですね。
友人関係でも、職場でも、パートナーシップでも、同じことが起きていました。
それでも、嫌われたくない。がっかりされたくない。
その環境の中で受け入れてもらえる「自分」でいようと、必死だったんだと思います。
「自分がどうしたいのか」なんて、どうやったらわかるのか、それすら分からなくなっていました。
2.原因を探したり、自分を理解したりしているのに、なぜ人は同じことを繰り返してしまうのでしょう?
本当にそうですよね。
「わかったはずなのに、なぜまた同じことを繰り返してしまうんだろう」
環境も変わったはずなのに、どうして自分は変われないんだろう――私自身も、ずっと苦しんできました。
意思が弱いからだと自分を責めてみたり、「何かのカルマなのか?!」と考えてみたり。
力づくで乗り越えようと努力したり、何か外側の力に頼れば奇跡が起こるんじゃないかと期待したこともありました。
そして、「もっと頭で理解すれば、きっと消えていく」とも信じていました。
でも今振り返ると、その頃の私は、「わたし」という存在を表面的にしか捉えていなかったんだと思います。
たとえば、雑草の上の部分だけを刈りながら、「どうしていつまでも草が生えてくるんだろう」と嘆いているようなもの(笑)
私たちを動かしているものは、もっと奥深くにある。
自分でも気づいていない信念や、深い願い、身体に刻まれた感覚――そういうものが、自分の選択や行動に大きく影響していたんだと気づきました。
だからこそ、私にとっての転機になったのは、頭で理解することだけではなく、実際に体験し、体感することでした。
3. 「頭で理解すること」と「身体から変わること」の違いを、梢さん自身の体験から説明するとしたら?
私の場合、パートナーシップでの体験が大きかったですね。
当時は、「どうしたら彼を助けられるんだろう」「彼を変えたい」「もっと彼のことを理解したい」と、ずっと悩んでいました。
ところが、ワークをしながら自分自身と向き合っていく中で、出逢ったのは、
「私はもっと外に出ていきたい」と叫んでいる自分でした。
正直、唖然としました。
だって、私は彼のことで悩んでいる、彼のせいで苦しんでいる。
ずっとそう思っていたのに、心の奥で出逢ったのは、まったく違う自分だったんです。
「確かに、そうかもしれない」と思うところはありました。
でも、それを頭ですんなり受け入れることは難しかった。
ところが、頭では抵抗しているのに、身体は「やっと気づいてもらえた」と言うように、全身でほっとしていたんです。
その「腑に落ちる」という感覚は、頭で理解するのとは全く違いました。
そして、「身体が本当にその方向へ向かおうとしている」ということを体感すると、現実的に行動していくことへの迷いがあまり感じられないことに気づきました。
「だって、そうなのだから」という、理屈ではない内側のエンジンが作動したような感覚でした。
だから「変わる」というのは、何かを頭で納得させて自分を動かすことではなく、自分の中にすでにあるものに身体を通して出逢っていくことでもあるんじゃないかと思っています。
4. 解放のプロセスで、「自分でもこんなものを抱えていたのか」と驚いた経験はありますか?
頭ではわかっていたことでも、「まさか、ここまで抱えていたとは!」と驚くことはたくさんありました。
でも、思いもよらなかったものという点では、胎内での感覚でしょうか。
「安心・安全を感じられない」という感覚が、ここまで深く刻まれていたのか、と驚きました。
それは、頭で考えているだけでは、到底触れることのできなかったものだと思います。
そして、もう一つ大きかったのが、大好きで、私にとっては「生き仏」とまで思っている母親に対する、自分の奥深くにあった否定的な思いでした。
それは、本当に見たくない、認めたくない部分だったと思います。
しかし、その塞いでいた思いが、無自覚のうちに私の選択や生き方に影響を与えていたのだと愕然としました。
その解放は、「私らしく生きる」ということの意味を大きく深めてくれました。
そして実際に、私のパートナシップにおける選択をガラッと変えてしまいましたね。いい意味で(笑)
5. 梢さんは音楽や声、身体を通して、人が開いていく経験もされています。人間の身体には、頭ではわからない何があると思いますか?
私たちは、何でも頭でわかればコントロールできると思ってしまいますよね。
でも、それは往々にして、社会に受け入れられたり、評価されたりするための「都合のいい自分」になることでもあるんじゃないかと思います。
そうやって頭で自分をコントロールしていくうちに、本来の生命力に蓋をしてしまうこともある。
身体は、私たちに「大自然」の力を教えてくれるんです。
感じること。
表現すること。
循環すること。
変化すること。
それは、私たちが忘れてしまっている、内なる大自然。
頭でコントロールする以前の、もっと根源的な、躍動する生命力です。
私は、身体というのは、その生命力をもう一度呼び覚ましてくれるチャンネルだと感じています。
6.「変わりたい。でも、変わるのが怖い」という人の中では、いったい何が起きているのでしょう?
私たちは、生きていくために、いろんな鎧を身につけます。
「しっかりした自分」
「真面目な自分」
「明るい自分」
「優しい自分」
「平気な自分」……。
そういう自分でいることで、傷つかずに済んだり、愛してもらえたり、居場所を確保できたりした。
だから、変わるということは、単純に「新しい自分になる」ということではなく、これまで自分を守ってきてくれた鎧を脱ぐことでもあるんですよね。
それは怖くて当然だと思います。
これまでの人生経験の「データ」にはない、未知の体験に飛び込むのですから。
「それがなくなったら、自分には何の価値も残らないんじゃないか」
「それがなくなったら、誰にも愛されないんじゃないか」
「それがなくなったら、人を傷つけてしまうんじゃないか」
そんな恐れが出てくる。
でも、それを頭の力で押さえ込んだり、感覚を麻痺させたりして、無理やりに人生を進めていくのではない方法があることを、私は自分自身の体験を通して実感しました。
それは、自分の全体性にひらかれ、とらわれを解放していくこと。
そして、「わたし」という存在を、自分が生きている「世界」そのものを、もう一度捉え直していくこと。
そのプロセスの中で、私たちは内側にずっとあった根源的な生命力に、もう一度つながっていく。
そして、いつからでも、その生命力に導かれて、自分自身の人生をもう一度生き始めることができると思っています。
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今回お話しした「解放と変容」を、知識として理解するだけでなく、実際に体験していただくのが、8月29日・30日に開催する「解放と変容Workshop」です。
ワークショップでは、講義だけでなく、身体や感情に働きかけるさまざまなワークを通して、自分を縛っているものに気づき、解放し、本来の自分を生きていくためのプロセスを体験していきます。
皆さまのご参加をお待ちしております!

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