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この世界にはまだ歌われていない歌がある。
その歌はきっと歌われることを待っている。

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一度も表現したことがないけれど確かに自分のなかにある場所【ブッダスクール通信vol.87】

みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当のさめじまみおです。

さきほど、この原稿を書くために図書館までの道を歩いていました。
通りの家々のお庭や軒先に、ちらほらと咲いている、梅!お花屋さんの入り口を飾る、ビタミンカラーのミモザ!
この時期がいちばん、春を待ち遠しく感じますね。

さて、いろいろあってあえて「仕事を選ばない」というモードにしてみたら、いろいろなことが向こうからやってくるもので……。
友人からの紹介で、近々ナレーションのお仕事を受けることになりました。

ナ、ナレーション……。
仕事を選ばないといったとて、未知で未経験すぎる領域です。
あわててネットを検索し、すぐに行ける単発のナレーション講座に滑り込みで申し込み、行ってまいりました。

その講座の感想をひと言で言うなら、「辱めを受けた」でしょうか。笑
でもね、とても勉強になったのです。ナレーションの? いえいえ、それもあるのですが、そのう、あのう、自己認識の….。
その体験のなかで気づいたことを、編集後記で少しだけ書いてみたいと思います。

さて、本日もつうりさん特別コラムをどうぞお楽しみください!

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    〔1〕齊藤つうり特別コラム
「一度も表現したことがないけれど確かに自分のなかにある場所」
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⭐️今回はセッションの内容についての記事です。この内容はご本人に許可をとってあります⭐️

Uさんはカメラの仕事を始めたばかりの40代の女性。
明るい髪の色と活発な表情が特徴的だ。

趣味で始めたカメラだったが、周囲の人たちから「とても良い写真だね」と言われることが増え、いつの間にか仕事として依頼を受けることも増えた。
そして、これから本格的に仕事として始めていこうという段階で、私のセッションを申し込まれた。

セッションの中でUさんは「カメラの仕事を行う上で、自分自身の力を最も発揮するにはどうすればいいか?」という趣旨の質問をされた。
そしてまた「私には10歳ごろから、何があっても私は大丈夫!という強い確信があるんです。その感覚は人生の大切な場面でいつも私のなかにあらわれます。そしてその確信はいまも私を導いているんです。でもそれがどこからやってくるのか私にはわからないのです」。

Uさんの話を一旦受け止め、私はアカシックレコードに質問を投げた。

次の瞬間、左の鼓膜が強く殴打されたような痛みの感覚と、高い耳鳴りが聞こえた。

そして男性たちの怒号がやってきた。

同時に強い男性的な支配のエネルギーが、硝煙のような匂いと共に私の全身を覆った。

その怒号と支配のエネルギーを押し除けるように「何があっても私は私を生きる。私は絶対に大丈夫!」という強い魂の力がそこに生まれた。

そして次の瞬間に、場面は過去世へと飛んだ。

赤い山。乾いた大地。ネイティブアメリカンの部族。

そこでは女性たちが主権を持っていた。

その部族の女性たちは狩りをし、子供たちを養い、政治もこなしていた。

そして彼女たちは、皆、背中に弓矢をつけていた。

日本の武士にとって、刀を携えることが、彼ら自身の誇りの象徴であるように、彼女らには弓は特別な意味を持つものだった。

このネイティブアメリカンの女性はUさんの過去世の姿であり、最も強く自分自身の力を所有していた時空を示していた。

そしてネイティブアメリカンである女性に、もう一度私は尋ねた。

「あなたにとって、自分自身の力を所有するとはどういうことか?あなたの力はどのようにして発揮されるのか?」と。

Uさんの魂の姿である彼女は答えた。

「私自身のスピリットとつながること。そうすることによって、私は自分自身の力につながることができる。けれどそれは決して、支配できるものではない。私のスピリットは私のなかにあり、力の源をなす。けれどスピリットそれ自体は、私の所有物ではない。だから私は私のなかにあるスピリットを神聖なものとして扱うことを覚えた」と言った。

続けて彼女はこう話した。

「私が弓で動物を狙うとき、私は相手の外側の姿をとらえるのではなく、相手のスピリットとつながることを意図する。相手のスピリットと私のスピリットがひとつとなることにフォーカスを当てる。そのとき、スピリットを通して、私と動物は一つになる。そこに私の力はある」

私はリーディングの場面で起こっていることを、できる限りそのままUさんへ伝えた。

Uさんは何かを確信したようだった。

「左の耳と男性の怒号という話はとてもよくわかります。私は子供の頃、よく父に殴打されていました。そしてまた学校の男性教師も私を殴打しました。それは決まって顔の左側なのです。ですから、私は殴打されるたびに、左の耳に痛みと高い音を感じていました」と答えた。

Uさんの目は深い湖の底を見るように一点に止まっていた。

「そしてフォーカスを当てる感覚。私がカメラのファインダーを見る時、まさにその感覚にいます。そして私は相手の外側を狙うのではなくて、その人の内側にフォーカスを当てるんです。だから私の写真には他の人と違う何かが映るのかもしれません」

そう話す、Uさんの様子は確かな腕を持つ職人のような佇まいになっていた。

深い呼吸と共に、Uさんの背筋は美しく伸びていた。

「自分のスピリットと相手のスピリットという概念は普段意識するものではないかもしれませんが、こうして言葉になるとスッと入ってくる感覚があります。そして弓矢を持つ感覚とカメラの感覚が、いま私のなかで一つになっていることを感じています」

アカシックリーディングのセッションの深みとは、こういった場面によく現れる。

過去世というものは、ある観点からすれば、信じがたく、それが何の役に立つのかわからないという考え方もあるだろう。

またアカシックレコードというものも、ファンタジックな概念であり、現実と関係がないととらえる視点もあるだろう。

私も以前はそう思っていた。

けれど実際にセッションを行うことで私が確信しているのは

「アカシックレコードとは、決していまの現実と切り離された場所にあるものではない」

ということだ。

いま自分自身を動かしているダイナミクスの背景にあるもの。

言葉にならない感覚の核とでもいうべきもの。

自分という極めて曖昧なものを、全体として覆い、つなげていくもの。

そこにアカシックレコードはあるのだ。

そしてアカシックレコードに触れた時、そこには外的な現実では計り知れない、「一度も表現したことがないけれど、確かに自分のなかにある場所」に降り立ったような感覚が生まれる。

またアカシックリーダーとして、クライアントの「一度も表現したことがないけれど、確かに自分のなかにある場所」につながるとき、リーダー自身のなかにも、その場所を見出すことができる。

それは自分の魂の輪郭をなぞるような独特のものであり、他者のアカシックに触れることでリーダーとして受けることができる大きな恩恵であるといえる。

その後、Uさんとは実際にどのように仕事を進めていくのか、なにをどんなペースで進めていくのかという内容へと移り、セッションは終了した。

スーフィの詩人であるルーミーは言った。

あなたは大海の中の一滴ではない。一滴の中に海全体があるのだ。

私たちは時に、自分自身を大勢のなかの一人であり、とるに足らない存在だと思い込んでしまうかもしれない。

けれどアカシックのセッションを終えると私はいつもこう思う。

一人の人間のなかに、どれほど広大な世界と、あらゆる力が秘められていることだろう。

それはほんとうにどんな人でもまったく同じなのだ。

 

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     〔2〕最新スクール情報
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【募集中】先祖供養セラピーワークショップ in 高源寺 <現地開催>

2026年3月7日(土)・8日(日)10:00~18:00(両日共)

このワークショップでは、皆さんがよく知っている供養の習慣などの裏側にある、「実際、先祖や死者たちはどのように私たちと関わりがあるのか?それがどのように私たちに影響するのか」という観点から、私たちがどのように先祖供養という、大きな大きな財産を、現実に活かすことができるのかということについて、お伝えしています。ワークとして、実際に先祖や亡くなった方の意識とつながり、彼らが何を「本当の意味で望んでいるのか?」という本質を明らかにしていきます。

また一日の終わりに、法要式の形式を使い、家系の滞ったエネルギーを解き放ち、無限の愛の源である祖霊とつながるワークを行っていきます(注)。

注:このワークショップの目的は、仏教の既存宗派の教えや、他の宗教の先祖供養の考え方や方法を否定することではありません。各々の宗派、宗教の先祖供養の方法を含んだ上で、新しい視点を提示する目的で行われます。

【募集開始】先祖供養セラピーワークショップ in 高源寺

 

【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》

2026年5⽉16日(土) 開講

この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。

アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。

そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。

【募集開始】アカシック ベーシックコース《オンライン》

 

【募集中】2026年度 Total Integration Course《オンライン》

2026年5⽉30日(日) 開講

本コースは、過去と未来を統合し、本質的な生命力を得て、なれる最高の自分(=個性化)を生きるための9ヶ月のプログラムです。
個性化とは、あなた自身が本来持つ個性に触れることで、本来そうなるであろうあなた自身へと統合されていくプロセスのこと。外側の役割や目標に到達しようとするのでなく、内側にある自己の力を知り、魂のビジョンを解き放ち、総合的な領域(社会的、精神的、霊的)を統合した、新時代のライフスタイルを提示します。

また、しっかりと時間をかけることにより、新しい知識や、ワークで得た感触のひとつひとつが自分自身の内側と結びつき、花開き、やがて根を張り、大樹のように成長していくことを意図しています。
すべてを簡単に得られる時代だからこそ、長期プログラムによってのみ得られるほんとうの人生の変容を、私たちのスクールでは最も大切にしています。

【募集開始】2026年度 Total Integration Course《オンライン》

 

【募集中】第5期アカシック<プロフェッショナル>コース

2026年6月20日(土)開講 

このクラスは1年間のプログラムを通して、リーディング・ガイドの実践を重ね、それぞれの現場で活躍するためのアカシックリーダー・ガイドを育成するためのクラスです。
アカシックレコードの高次元の領域までの開発を行うことで、実践的なスキルを深め、日常のなかで機能するアカシックリーディング・ガイドとして皆さんが活躍するための場を意図してプログラムされています。
このコースは1年間をかけることで、アカシックリーディング・ガイドをあなた自身の肉体・精神・霊性と統合させる目的があります。

また宇宙システムと地球システムの本質的な理解により、認識の視座は大きく解き放たれることでしょう。
そして魂の青写真とあなた自身の人生はひとつのとなり、無限の色彩をもった表現へと変容していくのです。
またもしあなたがこのコースを本当の意味でやりぬいたなら、あなたは自分自身がひとつの体系をつくりだすことができる力を養うことになるでしょう。

【募集開始】第5期アカシック<プロフェッショナル>コース

 

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       〔3〕編集後記
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ナレーションの講座は、思ったよりもずっと身体をつかったアクティブなものでした。
発声練習をしたり、演技指導やシナリオの回し読みなどを経て、いよいよひとりひとりの本番(という練習)チャレンジです。

講師の方は、わたしの読みをひととおり聞いたあと、少し間を置いて、こう言いました。
「声は出ています。でも、あなたの“中心”は出ていないんですよね。台本はそつなくきれいに読めている。けれど、“あなた自身がどう届けたいか”に触れようかという瞬間、声がふっと後ろに下がるんです。まるで、自分の意図を前に出すことを遠慮しているみたいに」

ひえええ。なんですかこれ。占い? リーディング?
かつて受けた数々のセッションの中で、どれほどこの言葉を聞かされたことでしょう。「遠慮している」。

わたしは、表現することよりも先に、「前に出てはいけない」という感覚をどこかで握りしめている。
技術が足りないとか、滑舌が甘いとか、そういう話ではなくて、自分の意図を持つこと、自分の声で届けること、それはつまり、「わたしがここにいる」と宣言することに近い。
それを、どこかでためらっているのだなあ、と。

講座の帰り道、そのことがずっと頭から離れませんでした。
台本に書かれている言葉を読むのではなく、「わたしだったら、誰に、どう届けたいか」と問われた瞬間に、わたしは自分の内側にある何かに触れそうになって、慌てて手を引っ込めたような気がするのです。

一度も、はっきりとは表現したことがないけれど、確かに自分のなかにある場所。
そこにフォーカスを当てると、声は変わる。でも同時に、その場所は、どこか神聖で、簡単に差し出していいものではない気もしてしまう。
自分のスピリットに触れることは、力につながることでもある。けれど、その力を「自分のものだ」と前に掲げることには、わたしはまだまだ慣れていないような気がします。

ナレーション講座は、発声の訓練というよりも、わたしにとっては、「自分の中心を声に乗せて、音に乗せて、世界に放つことができますか?」と問われる時間だったのかもしれません。

辱めを受けながら(笑)、わたしは、ほんの少しだけ、その中心の輪郭を見た気がしたのでした。

今日も、最後までお読みくださり、ありがとうございました。

文責:さめじまみお

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