使命感は欠乏感から生まれる【ブッダスクール通信vol.89】
みなさま、こんにちは!
ブッダスクール通信メルマガ担当のさめじまみおです。
早いもので、2026年が始まってもう3ヶ月が経とうとしていますね。
さて、そんな今年の春夏頃からわたしはひとつ、新しいことをやろうと思っています!
それは……(もったいぶっているわけではないのですが 笑)、ちょっと自分でも意外なことなので、どう書こうかなあと考えているところです。
でも、これまでのわたしの人生の流れからすると、その「新しいこと」は、ちょっと不思議な選択でもあります。
10年以上自営業として働いてきましたし、その前に会社員をしていたころは、「わたしがわたしらしく生きるためには、雇われてなんていられないわ!」みたいな、なかなか勇ましい気持ちを持っていた人間でした。
ちょうど世の中も、起業ブームのような時期でしたしね。
けれど最近になって、少し思うのです。「わたしらしく生きること」とか「好きなことを仕事にすること」とかそういうことと、起業したり、それをなりわいにしたりすることって、べつにイコールではないのかもしれないなあ、と。
さて、2026年にわたしが始めようと思っている「新しいこと」とは何なのか。
その話のつづきは、編集後記で書いてみたいと思います。
それでは、本日もつうりさん特別コラムをどうぞお楽しみください!
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〔1〕齊藤つうり特別コラム
「使命感は欠乏感から生まれる」
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今回は「使命感」について書いてみたい。
スピリチュアル、ビジネスの領域で使命を生きることが大切だと言われることがある。
実際に強い使命感を持って活動している人を見ると、立派に見えるし、自分も使命を持たなければならないのではないかと感じる人は多い。
私のセッションでもよく
「私の使命は何でしょう?」
という質問を受けることがある。
しかし使命感というものの多くは、欠乏から生まれている。
人は何かが足りないと感じたときに動く。
社会に不足があるとき、それを埋めようとする力が生まれる。
個人の人生でも、苦しみや欠落を体験したとき、それを乗り越えようとする動機が生まれる。
病気で苦しむ人が多かった時代には、医療に使命を感じる人が現れた。
貧しさの中で育った人は、豊かさを生み出すことに使命を感じる。
差別を受けた人は、平等を実現することに使命を感じる。
こうした使命は社会を前進させてきた大きな力であり、決して否定されるものではない。
しかしその出発点には、多くの場合、欠乏がある。
足りないものがある。
困っている現実がある。
だから埋めようとする。
つまりこの使命は、外側の価値に基づいている。
何が必要か。
何が正しいか。
何をするべきか。
その基準が外にある限り、人はまだ外側によって規定されている。
ユング心理学の言葉で言えば、それはまだ社会的価値との同一化の段階であり、個性化の途中にある状態である。
個性化とは、社会の価値に従うことではない。自己の中心に従って生きることである。
そして現代は、その転換が起き始めている時代に入っている。
AIが発達し、医療が整い、生活は便利になり、多くの不足は解消されつつある。
かつて人間を動かしていた欠乏は、少しずつ消え始めている。
欠乏が減れば、使命も生まれにくくなる。
それにもかかわらず、私たちはまだ古い価値観の中にいる。
使命を持っている人はすごい。
使命がない自分は未熟だ。
何かを成し遂げなければならない。
そう思い込んでいる。
しかしこれからの時代に現れてくるのは、欠乏から生まれる使命ではない。
満ちているところから生まれる活動である。
理由があるからやるのではない。
必要だからやるのでもない。
求められているからやるのでもない。
ただ興味があるからやる。
ただ好きだからやる。
ただそれをしていると生きていると感じるからやる。
こういう活動がある。
それは社会の要請から生まれるのではなく、無意識の中心から生まれる。
ユングの言葉で言えば、それは自己(セルフ)に従う生き方である。
私はこれを「個性化の仕事」と呼んでいる。
個性化の仕事は使命から始まらない。
むしろ最初は意味が分からないことが多い。
なぜこんなことをしているのか分からない。
役に立つかどうかも分からない。
評価されるかどうかも分からない。
それでもやめられない。
その衝動の中に、その人の全体性が現れているのだ。
これからAIが多くの仕事を担うようになると、人間に残るのは欠乏を埋める仕事ではなくなる。
その人にしかできない仕事だけが残る。
そしてその仕事は、使命からではなく、存在から生まれる。
だからこれから問い直すべきことは、私の使命は何か、ではない。
私はまだ欠乏から動こうとしていないか。
外側の価値に縛られていないか。
役に立つことばかりを求めていないか。
そしてもっと深く言えば、
本当に自分の内側から動いているのか。
理由がなくてもやりたいことは何か。
評価されなくても続けてしまうことは何か。
誰に求められなくてもやってしまうことは何か。
そこに個性化の入口がある。
使命を生きる時代は終わりつつある。
これから始まるのは、自分自身を生きる時代である。
そのとき人は、社会のために生きるのでもなく、
評価のために生きるのでもなく、
正しさのために生きるのでもなく、
全体性そのものとして生き始める。
その生き方は、一見すると使命がないように見えるかもしれない。
しかし実際にはそれこそが、最も深いところから生まれる働きである。
これからの時代に必要なのは、使命を探すことではない。
自分自身の衝動がどこから生まれているのかを、見極めることである。
そしてもしそこに、欠乏でもなく、義務でもなく、承認でもなく、
ただそれを表したいという純粋な欲求があるなら。
そこにあなたの個性化の道があるのだろう。
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〔2〕最新スクール情報
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【募集中】アカシック ベーシックコース《オンライン》
2026年5⽉16日(土) 開講
この4日間のクラスでは、アカシックレコ-ドに関する基本的な概念、読み解くための方法、そして他者をリ-ディングするための実践的なテクニックを習得することができます。日本で最も多くのアカシックリ-ダ-を育成した経歴を持つ齊藤つうりによる長年の経験と豊富な知識によって、誰にでもわかりやすい講義や、凝縮したワークによって、非常に充実した内容です。
アカシックリーディングがまったく初めてという方から、様々なスピリチュアルな体験を経ている方まで幅広く、アカシックレコードを読む楽しさ、面白さ、そして感動を存分に味わう時間となることでしょう。またグル-プでワークを行うことで、ひとりでは決して体験することができない、他者を読むという経験を積むこととなります。
そして、ただ単にクラスを受講したというだけではなく、この4日間を終了することによって、恒久的な変化があなたに訪れることでしょう。そのことによって、あなたはアカシックレコ-ドという存在が、あなた自身と密接に関連しており、仕事、人間関係、健康などのとらえ方に大きな変化が起こることを体感することでしょう。
【募集中】2026年度 Total Integration Course《オンライン》
2026年5⽉30日(日) 開講
本コースは、過去と未来を統合し、本質的な生命力を得て、なれる最高の自分(=個性化)を生きるための9ヶ月のプログラムです。
個性化とは、あなた自身が本来持つ個性に触れることで、本来そうなるであろうあなた自身へと統合されていくプロセスのこと。外側の役割や目標に到達しようとするのでなく、内側にある自己の力を知り、魂のビジョンを解き放ち、総合的な領域(社会的、精神的、霊的)を統合した、新時代のライフスタイルを提示します。
また、しっかりと時間をかけることにより、新しい知識や、ワークで得た感触のひとつひとつが自分自身の内側と結びつき、花開き、やがて根を張り、大樹のように成長していくことを意図しています。
すべてを簡単に得られる時代だからこそ、長期プログラムによってのみ得られるほんとうの人生の変容を、私たちのスクールでは最も大切にしています。
【募集中】第5期アカシック<プロフェッショナル>コース
2026年6月20日(土)開講
このクラスは1年間のプログラムを通して、リーディング・ガイドの実践を重ね、それぞれの現場で活躍するためのアカシックリーダー・ガイドを育成するためのクラスです。
アカシックレコードの高次元の領域までの開発を行うことで、実践的なスキルを深め、日常のなかで機能するアカシックリーディング・ガイドとして皆さんが活躍するための場を意図してプログラムされています。
このコースは1年間をかけることで、アカシックリーディング・ガイドをあなた自身の肉体・精神・霊性と統合させる目的があります。
また宇宙システムと地球システムの本質的な理解により、認識の視座は大きく解き放たれることでしょう。
そして魂の青写真とあなた自身の人生はひとつのとなり、無限の色彩をもった表現へと変容していくのです。
またもしあなたがこのコースを本当の意味でやりぬいたなら、あなたは自分自身がひとつの体系をつくりだすことができる力を養うことになるでしょう。
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〔3〕編集後記
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さて、冒頭で書いた「2026年に始めようと思っている新しいこと」。
それは、大学の夏期集中講座に通って「司書」の資格を取ることです。
もし図書館や本屋さんがこの世になかったら、わたしはとっくに人生の途中で行き倒れていたかもしれない、と思うくらい、本にはずいぶん助けられてきました。
子どものころから、本を読むことはずっと大好き。
でもそれは、何かの役に立てようと思って始めたことではありません。むしろ、ただ逃げ込むように読んでいた時期もあります。図書館の静かな机や、本屋さんの棚のあいだは、わたしにとって世界のどこよりも安心できる場所でした。
司書の資格を取ろうかなーと思いついてはみたものの「それをどう仕事にするか」という計画があるわけではありません。
ただ、なんとなく興味がある。もう少し本の世界の近くにいてみたい。
それだけなのです。
これまでのわたしだったら、
「それはこの先どう役に立つの?」
「それで食べていけるの?」
そんなふうに考えて、やめてしまっていたかもしれません。
でも最近は、理由がはっきりしなくても、好きなものに近づいてみるのも悪くないのかもしれないな、と思うのです。
それが仕事になるかどうかは、わからない。
役に立つかどうかも、わからない。
でも、なぜか気になる。
なぜかやってみたい。
そんな衝動のなかに、自分の道の入り口があるのかもしれません……し、なくったって別にいいじゃん!とも思っています。
ひとまずこの夏はせっせと大学に通って忙しくなりそうなので(けっこうハードな課程なのです!)、今から体力づくりをがんばろうと心に決めているのでした。
今日も、最後までお読みくださり、ありがとうございました。
文責:さめじまみお

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